SHIMOKAWA NORIFUMI

これからも、
みんながアハハと
笑えるように。

私は、歯科医院や製造業など、人の技術や知識が
価値になる現場で、業務の仕組みづくりや
システムの実装をしています。
下川倫史
下川倫史
合同会社アマプロ 代表社員/岡山
ソーシャル・ビジネスモデル・エンジニア

扱う業界はさまざまですが、目的は一つです。専門家が、本来の仕事に集中できる環境をつくること。

人手不足が進む中で、本来人がやる必要のない仕事を仕組みに置き換え、現場に余白を生み出す。それが私の仕事です。

歯科医院、飲食店、学習塾、製造業など、これまで累計200社を超える現場に関わってきました。業界は違っても、見えてくる課題は驚くほど似ています。

人が疲弊し、コミュニケーションが減り、本来の仕事よりも雑務に時間を奪われていく。その結果、本来そこにあったはずの笑顔が、少しずつ消えていく。私は、その光景を何度も見てきました。

だから技術を導入したいのではありません。人が笑いながら働き、生きられる環境を実装したい。その思いが、私の仕事の原点です。

はじまり

ある歯科医院の全体ミーティングに同席したことがあります。

院長は真剣でした。スタッフも真面目でした。それなのに、部屋には重たい空気が流れていました。

院長が問いかける。スタッフが答える。間違ったことは誰も言っていません。でも、その場には笑顔も活気もありませんでした。

私はそのとき、強く思いました。

この人たちは、能力が足りないわけではない。環境が、人の力を十分に引き出せていないのではないか。

この光景は、その医院だけではありませんでした。多くの現場で同じような場面を見てきました。

だから私は、「人を変える方法」ではなく、「人が力を発揮できる環境」を考えるようになりました。

歯科医院の全体ミーティングの様子
歯科医院の全体ミーティング(イメージ)
01

幼い頃のこと

子どもの頃は、とにかく体を動かすことが好きでした。水泳、サッカー、剣道、バスケットボール。母の影響で坐禅に通い、合気道も習っていました。

共通していたのは、頭で考えるよりも、まずやってみること。体を使って感覚を掴み、自分なりに試しながら覚えていくことが好きだったように思います。

父は料理人でした。誕生日会では、父がサイコロステーキを焼いてくれるのが恒例でした。

その料理を楽しみにしていたのは、私だけではありません。遊びに来ていた友達も「おいしい」と嬉しそうに食べていて、みんなで笑いながら食卓を囲んでいた光景を、今でもよく覚えています。

当時は特別なことだとは思っていませんでした。けれど今振り返ると、自分の手でつくったもので人が笑顔になること、その場の空気が少し明るくなることを、ごく自然なものとして見て育ったのだと思います。

幼い頃の経験が、そのまま今の仕事につながっているとは考えていません。ただ、現場で手を動かし、試し、改善しながら形にしていく今の仕事の進め方や、「人が笑顔になれる環境をつくりたい」という感覚の原点は、この頃の記憶の中にあるような気がしています。

黒い皿に盛られたサイコロステーキ
サイコロステーキ(イメージ)
02

社会は何で成り立っているのか

大学では環境問題を学びました。環境倫理や思想史を通じて、技術だけでも制度だけでも社会は成り立たないことを知りました。

政治家のインターンにも参加し、選挙の現場も経験しました。

社会はどのように意思決定されるのか。組織や国家は何によって持続するのか。

この頃から、「個人」だけではなく「社会全体」に興味を持つようになりました。

03

「働く」とは何か

新卒で入社したのは、医療・介護分野の人材会社でした。企業の健康管理室へ産業医や保健師を紹介する仕事です。

そこで考え続けたのは、「働くとは何か」ということでした。

当時読んだ本に、こんな言葉がありました。

天職とは好きな仕事ではなく、飽きずに続けられる仕事。

それ以来、自分が飽きずに続けられる仕事とは何なのかを考えるようになりました。

04

山が教えてくれたこと

十五年ほど前、『ウルトラマラソンマン』という本をきっかけに、トレイルランニングを始めました。長距離は得意ではありませんでした。

それでも2012年、一人暮らしをしていた大船から網代まで約77kmを13時間かけて進みました。途中で股関節を痛め、ほとんど歩きでした。

翌年には北丹沢12時間山岳耐久レースに挑戦し、一度リタイア。翌年、もう一度挑戦して完走しました。

山で学んだことがあります。速さではありません。

止まらなければ、いつかは辿り着ける。

もう一つあります。山には最低限の整備はされていますが、すべてが管理されているわけではありません。自分で考え、自分で進む余白があります。私は、その余白に魅力を感じています。

紅葉の山を走る下川倫史
山を走る
05

飲食店で知ったこと

実家のレストラン「創作料理しもかわ」(神奈川・新百合ヶ丘)の経営が厳しくなり、店を手伝うことになりました。法人営業をし、WEB広告を出し、集客を改善しました。売上は戻りました。

それでも、不安は消えませんでした。

当時は、「飲食店は待つ商売だからだ」と思っていました。今は違います。自分で動かせる範囲が少なかっただけでした。

売上が増えることと、安心して働けることは違います。未来を自分で動かせる感覚があるかどうか。その違いの方が、人にとっては大きいのだと思います。

牛肉料理しもかわの外観
牛肉料理しもかわ(東京・大泉学園)
06

起業して学んだこと

2015年に会社を設立しました。しかし、ほとんど仕事はありませんでした。そこでWEBマーケティング会社で営業や広告、集客を現場で学びました。

苦しい時期でした。それでも続けられたのは、山で学んだ「止まらない」という感覚があったからです。

この頃から考えるようになりました。考えるだけでは社会は変わらない。現場で動き、実際に使われて初めて意味がある。

だから私は、自分をコンサルタントというよりも、実装者だと思っています。

07

歯科医院という現場

歯科医院に関わるようになったのは七年前です。集患、採用、業務改善、システム開発、経営支援。関わる領域は少しずつ広がりました。

全国の医院を訪れる中で、一つの共通点が見えてきました。

人が辞める。忙しすぎる。雑務が増える。会話が減る。笑顔が減る。

院長もスタッフも真剣です。誰か一人が悪いわけではありません。構造がそうなっているだけでした。

だから私は、人を変えるよりも先に、環境を変えることを考えるようになりました。

歯科医院の診療室で働くスタッフ
歯科医院の現場(イメージ)
08

人は正しさでは動かない

仕事を続ける中で、一つ確信したことがあります。人は、正しいことを知っていても動きません。

健康診断。運動。睡眠。勉強。どれも必要だと分かっています。それでも続きません。私自身も同じです。

だから変えるべきなのは意志ではなく、環境なのだと思っています。

良い習慣は、意志の強さではなく、自然と続けられる環境から生まれます。

09

私が実装しているもの

システムを作っているように見えるかもしれません。でも、本当につくっているものはシステムではありません。環境です。

技術者が技術に集中できる。医師が患者さんと向き合える。料理人が料理を楽しめる。

価値を生み出す人が、その仕事に集中できる環境。それが私の仕事です。

10

現在取り組んでいること

現在は主に次のような仕事をしています。扱う業界は違いますが、目的はすべて同じです。人が、本来の仕事に集中できる環境をつくること。

前の章で「料理人が料理を楽しめる」と書きました。じつは私自身も、いま飲食店をひとつ経営しています。父が店長を務める、東京・大泉学園の七坪の店です。父はいまも厨房に立っています。環境をつくる側にいながら、自分もその環境の中にいます。

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これから

安宅和人さんの『風の谷という希望』に大きな影響を受けました。

地方都市は、大都市の代わりになる必要はありません。地方には地方の役割があります。

私は岡山と神戸を軸に、人が安心して挑戦できる環境を増やしていきたいと考えています。

医療も、教育も、ものづくりも。挑戦できる環境があれば、もっと面白くなる。そう信じています。

六甲の山から神戸の街と海を見下ろす風景
神戸から瀬戸内を望む
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最後に

岡本太郎は、こんな問いを投げかけました。

本当に、自分の人生を生きているか。

私も、この問いを持ち続けています。

人を管理したいわけではありません。正しい社会を押し付けたいわけでもありません。

人が迷い、挑戦し、失敗し、また笑って前へ進める。そんな環境を少しずつ増やしていきたい。

その状態を、私は「アハハ」と呼んでいます。

人生の最後に、「よく生きたな。」「やっとくたばったか(笑)」そんなふうに笑い合える人生だったら十分です。

だから今日も、現場で手を動かしています。

経歴

  • 2003 — 2008早稲田大学 理工学部 環境資源工学科リサイクル工学、環境ビジネス(1年留年)。学生環境NPO「環境ロドリゲス」EBM研究会でプロジェクトリーダー。環境ビジネスコンテスト em-factory の立ち上げメンバー。加藤公一事務所で学生インターンを務め、2005年の郵政解散に伴う衆議院議員選挙では選挙ボランティアにも参加
  • 2008.4 — 2013.1株式会社メディカルアソシア(現 株式会社パソナ メディカルチーム)/企業チーム大手企業の健康管理室・保健センターへ産業医、保健師、看護師、薬剤師を紹介・派遣。子どもの医療事故の実態調査に対し「医療職」を活用したヒアリング・分析事業を企画提案し案件化(官公庁案件は会社初)。中野区の両親学級運営業務を競争入札で落札(会社初)
  • 2013 — 2019実家の飲食店「創作料理しもかわ」(神奈川・新百合ヶ丘)の立て直し法人営業、グルメサイト運用、WEB広告による集客改善。Webマーケティングの重要性を実感する。同店は26年の営業を経て2019年12月に閉店し、東京・大泉学園の「牛肉料理しもかわ」へ移転
  • 2015.8 — 現在合同会社アマプロ 代表社員①歯科医院向け総合支援事業(デンタルクリニック・ワンストップサポート)②新規事業立ち上げ支援 ③経営・マーケティング全般 ④飲食店「牛肉料理しもかわ」(東京・大泉学園)の経営
  • 2015 — 2018東京の飲食店向けWebプロモーション会社(業務委託)広告運用、HP制作、LP改善、グルメサイト運営
  • 2017.11神奈川から岡山へ移住・本社移設
  • 2026.5 — 現在株式会社D-Assist マーケティング部 部長中小企業・店舗ビジネス向けのDX・AI活用支援。生成AIを活用した業務改善/マーケティング改善を推進

実績

200社超
累計の支援先。歯科医院、飲食店、学習塾、製造業など
100医院超
歯科医院の支援実績(全国・累計)
33医院
デンタルクリニック・ワンストップサポートで継続支援中(岡山・広島・兵庫を中心に/2026年8月現在)
6
最長の継続支援年数。現在も継続中です
1.7
支援先の売上(2年間・一例)
8
マウスピース矯正の新規患者数(3年間・一例)
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自身の会社経営(2015年8月創業)
1
飲食店の経営。牛肉料理しもかわ(東京・大泉学園)。支援するだけでなく、自分でも店を持っています

支援のスタイルは、外注ではなく「半内半外」です。「なぜそのサービスが選ばれるのか」「組織としてどう成長するのか」まで踏み込み、経営者と現場スタッフの双方と対話しながら進めます。

数値は個別の支援先の事例であり、すべての案件で同様の結果を保証するものではありません。

書いていること

考えたことは、まとまっていない段階のものも含めて公開しています。読んでいただければ、私がどういう順番でものを考えるかは、だいたい伝わると思います。

事業者情報

法人
合同会社アマプロ 代表社員 下川倫史(2015年8月設立)
適格請求書発行事業者 T3020003010272
個人事業
下川倫史
製造業向けの業務システム開発などは、個人事業として承っています
所在地
岡山県岡山市北区平田113-110
学歴
早稲田大学 理工学部 環境資源工学科